忍者ブログ
教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
[1] [2] [3] [4] [5] [6]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

~ 今日のみ教え ~
一心に信心すれば おかげが受けられる

何事も辛抱が大切である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげが受けられない。中には、やけを起こして信心をやめるがある。気の毒なことである。車でも心棒が弱ったり折れたりしたら、車が回らない。辛抱をしないで幸せを得た者は、あまりない。漁師でも農民でも商でも、辛抱のない者は出世ができない。漁師や農民には風雨の天災があり、商は損をしたりして、不幸せなことがある。それを辛抱していかなければ、幸せにはなれない。信心するにも辛抱が大切である。その証拠には、神殿のお扉を開いてみよ。ご幣か、み鏡のほかは何もない。ただただ、信心の辛抱でおかげが出るのである。神からおかげが出ると思わないで、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ。

PR

~ 今日のみ教え ~
一心になって信心せよ

神の心にかなった者が少ない。財産と人間と健康とがそろって三代続いたら、これが神の心にかなったのである。神の心にかなわないと、財産もあり力もあるが、健康でない。健康で賢くても財産をなくすことがあり、また大切な者が死んで、財産を残して子孫を絶やしてしまう。神のおかげを知らないから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事健康で子孫も続き財産もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができる。

 

~ 今日のみ教え~
人間は小天地で 自分の頭をいつも神がお守りくだされている

どの宗教を信じていてもくさすことはない。みな、天地金乃のいとし子である。あれこれと宗教が分かれているのは、たとえば同じ親が産んでも、大工になる子もあり左官になる子もあり、ばくちを打つ子もあり、商売好きな子もあるというようなものである。宗教が分かれているといっても、人はみなの子で、それぞれに分かれているのである。そばの好きな者や、うどんの好きな者があり、私はこれが好きだ、わしはこれが好きだと言って、みな好き好きで成り立っているのであるから、くさすことはない。

~ 今日のみ教え ~
信心する者が一心を出して願えば どんなことでもかなえてくださる

みな、おかげをくださいと言うが、果たして本当のおかげを知っているのか。自分の思うとおりを聞いてくださるのがおかげとは限らない。死んでおかげの者もあり、命をつないでもらっておかげの者もある。すべてこの世のことは天地金乃神のご支配であるから、神に任すよりほかはない。信心していれば、その時は都合が悪いようでも、神の仰せにそむかないでいると、後になってから、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかってくる。これがわかるくらいの信心をしなければ、信心するかいがない。

~ 今日のみ教え~
天地金乃神はこの世の親神である

人間はみな天地金乃から人体を受け、霊を分けていただき、日々天地の調えてくださる食物をいただいて命をつないでいる。昔から、天は父、地は母というであろう。天地金乃は人間の親である。信心する者は、一生死なない父母に巡り会い、おかげを受けていくのである。

 



忍者ブログ [PR]
カレンダー
05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[07/10 k]
[03/30 k]
[03/18 k]
[03/14 yon]
[03/13 yon]
最新記事
(02/26)
(02/25)
(02/24)
(02/23)
(02/22)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析
アクセス解析