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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
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~ 今日のみ教え~
神がお守りくださっていることを悟るのが人間である

生きている時だけ天地金乃のお世話になるように思っている者もあるが、死んでもお世話にならなければならない。魂はからお下げくださったものであるから、天からお暇が出たら、またのおひざもとに納まり、体は地から生じたものであるから、地に納まってお世話にならなければならない

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~ 今日のみ教え~
神へは何でも願え 神は頼まれるのが役である

人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がころんでいるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちているのを見て、すぐに引き上げてやることができる。人間は万物の霊長であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか。牛馬その他の動物は、わが子が水に落ちていても引き上げることはできない。人間が見ると、助けてやれる。牛馬や犬猫の痛い時に人間が介抱して助けてやることは、だれでもあろう。人間は病苦災難の時、や人に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが人間であると心得て信心をせよ。

~ 今日のみ教え~
神を親と思って信心をしていれば神の方から子と思う

を親と思って信心をしていればの方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあるが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、を父母と思って信心していれば、目に見えない所はが守ってくださる。

~ 今日のみ教え~
神の心は かわいいの一心である

 

天地金乃のおかげで生かしてもらっている人間は、合わせ鏡の間に置いてもらっているようなものである。悪いことも善いことも、みな鏡に映るようにはご承知である。信心して、真の心にならなければならない。

~ 今日のみ教え~
神はめったに捨てない みな 人間の方から神を捨てるのである

 

親は、心配させる不肖な子ほどふびんに思うであろう。も、の心を知らないでいる者ほどかわいいと仰せになる。親を頼って来る子には、うまい物でもやれるが、来いと言っても、何かと逆らい、親を敵のようにして、よそへ出てしまうと、どうしているだろうかとふびんに思う。親がそうして子をかわいがるのも、が人間をかわいがってくださるのも、同じことである。



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