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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
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~ 今日のみ教え~
四季の変わりは人の力では自由にならない

 

寒い日であったが、お参りの途中で気の毒なおじいさんに遭い、かわいそうに思って、着ていた物を脱いであげた。それからお参りすると、金光様が、「今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真にかわいいという心からわが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心である。その神心におかげがいただける。それが信心である」と仰せられた。

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~ 今日のみ教え~
天地金乃神は 忌み汚れを言わない神である

金光様、宗教がたくさんあっていろいろの教えがありますが、死んだら、魂はいろいろに分かれるのでしょうか」と伺った。金光様は、「そういうことはありはしない。死んだ者の魂は、天地の間にふうふうと、ぶゆが飛ぶように遊んでいるので、どこへ行くのでもない。わが家の内の霊舎にいるし、わが墓所に体をうずめていることからすれば、墓所と霊舎とで遊んでいるのである。この世で生きている間に、人に悪いことをしたり、神のみ心にかなわないことをしたりすると、死んでからでも、魂は神のおとがめを受けるのである」と仰せられた

~ 今日のみ教え~
天地金乃神は 天地のある限りある

 

みな、神の分け御霊を授けてもらい、肉体を与えてもらって、この世へ生まれて来ているのである。そうしてみれば、この世を去るのに苦痛難儀をするのは、人間の心からのことである。神様からお授けくださった体がこの世を去る時、痛いかゆいがないよう、ただ年病みのゆえというように長生きをし、孫子まで見て、安心して死ぬのが、神の分け御霊をいただいている者のすることである。金光大神の教えを守れば、末を楽しみ、安心してこの世を去ることができるから、若い時に信心して元気に働いておいて、そのようなおかげを受けるがよい。

~ 今日のみ教え~
天は父 地は母である

 

「しばらくの間、山に入って修行させていただきとうございますが、いかがなものでしょうか」と申しあげると、金光様は、「山に入ったら、どのようにして修行をするのか」とたずねられた。「山に入ると、はじめは麦粉を練った団子で命をつなぎます。それをしばらく続けると、次には木の実や木の葉で生きられるようになります。またしばらくすると、ついには水ばかりで生きられるようになってまいります」と申しあげると、「いったい、どんな山に入るのか」と仰せになったので、「なるべく深い山に入って、浮き世を逃れるつもりでおります」と申しあげた。金光様は、「それは結構である。しかし、何もわざわざそんな不自由な山に行かなくても、心の中に山をこしらえて、その中で修行をしたらそれでよい。自分が山に入った心になっていれば、どんなに不自由なことがあっても、また家内のこしらえたものがまずくても、けっして不足を言うことはないであろう」と仰せられた。

 

~ 今日のみ教え~
神の社は この天と地である

金光様に、「世間では、死んだ後に地獄へ行くとか極楽へ行くとか、いろいろに申しますが、いったい、人間は死んだ後どこへ行くのでしょうか」とお伺いしたら、「金光大もまだ修行中で、死んだ後のことまではわからないが、この世に生きて働いている間に、日々安心して正しい道さえ踏んでいれば、死んだ後のことは心配をしなくてもよい」と仰せられた。



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