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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
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~ 今日のみ教え ~
日に日に心を改めて信心しなければならない

 

神を親と思って信心をしていれば神の方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあるが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、神を父母と思って信心していれば、目に見えない所は神が守ってくださる。

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~ 今日のみ教え~
神の中を分けて通っているようなものである

どの宗教を信じていてもくさすことはない。みな、天地金乃のいとし子である。あれこれと宗教が分かれているのは、たとえば同じ親が産んでも、大工になる子もあり左官になる子もあり、ばくちを打つ子もあり、商売好きな子もあるというようなものである。宗教が分かれているといっても、人はみなの子で、それぞれに分かれているのである。そばの好きな者や、うどんの好きな者があり、私はこれが好きだ、わしはこれが好きだと言って、みな好き好きで成り立っているのであるから、くさすことはない。

~ 今日のみ教え~
信心するのは親孝行するのと同じようなもの

神の取次は神がする。真の信心がある者は神である。そうであるから、神の取次ができるのである。狐や蛇や鳥などに、どうして神の取次ができようか。何の神は狐が使わしめ、何の神は蛇が使わしめなどと、いろいろなことを言う人があるが、天地金乃神は、神の子である人をもって使いとなさる。

~ 今日のみ教え~
どれほど艱難苦労をしても 人の杖とも柱ともなるがよい

信心しておかげを受けて、難儀なを助ける身にならせてもらうがよい。神の心になって、受けたおかげをに話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神を使うばかりで、神に使われることを知らない。天地金乃神はを使いとなさる。神に使われることを楽しみに信心せよ。

~ 今日のみ教え~
神は人間の親である わが子をどうして難儀に遭わせなさる

 

人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がころんでいるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちているのを見て、すぐに引き上げてやることができる。人間は万物の霊長であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか。牛馬その他の動物は、わが子が水に落ちていても引き上げることはできない。人間が見ると、助けてやれる。牛馬や犬猫の痛い時に人間が介抱して助けてやることは、だれでもあろう。人間は病苦災難の時、や人に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが人間であると心得て信心をせよ。



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