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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 ~ 今日のみ教え~ 伊邪那岐、伊邪那美命も人間、天照大神も人間であり、その続きの天子様も人間であろう。神とはいうけれども、みな、天地金乃神から人体を受けておられるのである。天地の調えた食物をいただかなければ命がもつまい。そうしてみれば、やはりみな、天が父、地が母であって、天地金乃神は一段上の神、神たる中の神であろう。 PR ~ 今日のみ教え~ 母の胎内は器のようなものである。水は円い物に入れれば円く見え、四角の物に入れれば四角に見える。母親が真の心を持ち、神の子が胎内にいるという尊い心持ちで、家業を潔く勤め、親兄弟に親切をして、信心に油断なく、教育にも油断がなければ、よい子が育ち、先祖への無礼もなく、国も栄えるもとになる。日々家業を勤める心と真心とを失わないよう、今月今日で信心するがよい。 ~ 今日のみ教え ~ 今日のみ教え~ 人は一代、名は末代というが、人間は一代の内に、死んだ後へ名の残るようなことをしておくがよい。そのように思って働けば、年寄りが集まった時、若い者が礼を言わない、喜んでくれない、と不足話をしないですむ。若い者から、おじいさんおばあさん、話が聞きたい、と言われるような信心をせよ。 ~ 今日のみ教え~ 食事をする時に、このくらいでよいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。それが体に合う量である。それを、もう一杯、また一杯と、我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神へ対し無礼ではないか。また、食べ過ぎ飲み過ぎして、嘔吐をする者もあるが、これもよくない。信心する人は神の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である。飲食も無理に強いるのは親切ではない。国のため、人の身のため、わが身の上も思い、万事を粗末にしないような、真の信心をするがよい。 |
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