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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
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~ 今日のみ教え(5/29) ~
ついでに参るからおかげがついでになる 

「しばらくの間、山に入って修行させていただきとうございますが、いかがなものでしょうか」と申しあげると、金光様は、「山に入ったら、どのようにして修行をするのか」とたずねられた。「山に入ると、はじめは麦粉を練った団子で命をつなぎます。それをしばらく続けると、次には木の実や木の葉で生きられるようになります。またしばらくすると、ついには水ばかりで生きられるようになってまいります」と申しあげると、「いったい、どんな山に入るのか」と仰せになったので、「なるべく深い山に入って、浮き世を逃れるつもりでおります」と申しあげた。金光様は、「それは結構である。しかし、何もわざわざそんな不自由な山に行かなくても、心の中に山をこしらえて、その中で修行をしたらそれでよい。自分が山に入った心になっていれば、どんなに不自由なことがあっても、また家内のこしらえたものがまずくても、けっして不足を言うことはないであろう」と仰せられた。
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~ 今日のみ教え(5/28) ~
勝手な信心で 金光大神の話すことは何もわからないであろう

玉磨かざれば光なし、光らなければ石かわらのごとし、と言われているが、信心する者は本心の玉を磨かなければならない。鉄でも磨けば銀のように見える。金銀も磨かなければ光らない。人間は万物の霊長であるから、本心の玉を磨いて、何事にも心がけをよくしなければ、自分は信心していると思っていても、人はそう見て敬ってはくれない。それは、身勝手な信心というほかない。
~ 今日のみ教え(5/27) ~
たびたび参った人は たびたび参っただけの神徳はいただけるであろう 

ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはない。神の言うことは道に落としてしまい、自分勝手にして、神を恨む者もある。神の一言は千両の金にもかえられない。ありがたく受けて帰れば、船にも車にも積めないほどの神徳がいただける。心の内を改めることが第一である。
~ 今日のみ教え(5/26) ~
参って来れば 来るだけのおかげがあるからなあ

参る者のほとんどはお願いに参るのに、あなたは、いつもおかげを受けているお礼に参って来る。神も満足に思う。おかげを受けてお礼に参って来ると、神も喜び、金光大神もひときわうれしいが、本人もうれしいであろう。人間がおかげを受けて喜ばないと、神も喜べない。
~ 今日のみ教え(5/25) ~
参らないとおかげは受けられない

よく、ちょっと前を通りましたからついでに参らせてもらいましたと言って、上がり口で拝んで帰ろうとする者があるが、ついでに参るからおかげがついでになる。同じように前を通ったのでも、わざわざここまで寄って参らせてもらったという心で、神前へあがって拝礼をしてみよ。神はわざわざのおかげをくださる


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