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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
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~ 今日のみ教え(4/29) ~
神を使って 神に使われることを知らない 

信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神の心になって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神を使うばかりで、神に使われることを知らない。天地金乃神は人を使いとなさる。神に使われることを楽しみに信心せよ。
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~ 今日のみ教え(4/28) ~
神を信じる者は多いが 神に信じられる者が少ない

神を親と思って信心をしていれば神の方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあるが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、神を父母と思って信心していれば、目に見えない所は神が守ってくださる。
~ 今日のみ教え(4/27) ~
信心は 年をとるほど位がつくものである

人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がころんでいるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちているのを見て、すぐに引き上げてやることができる。人間は万物の霊長であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか。牛馬その他の動物は、わが子が水に落ちていても引き上げることはできない。人間が見ると、助けてやれる。牛馬や犬猫の痛い時に人間が介抱して助けてやることは、だれでもあろう。人間は病苦災難の時、神や人に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが人間であると心得て信心をせよ。
~ 今日のみ教え(4/26) ~
信心は 一年一年ありがたくなってくるのでなければ本当ではない

みな、おかげをくださいと言うが、果たして本当のおかげを知っているのか。自分の思うとおりを聞いてくださるのがおかげとは限らない。死んでおかげの者もあり、命をつないでもらっておかげの者もある。すべてこの世のことは天地金乃神のご支配であるから、神に任すよりほかはない。信心していれば、その時は都合が悪いようでも、神の仰せにそむかないでいると、後になってから、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかってくる。これがわかるくらいの信心をしなければ、信心するかいがない。
~ 今日のみ教え(4/25) ~
信心も手習いも一段一段進んでいくのである

神を親と思って信心をしていれば神の方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあるが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、神を父母と思って信心していれば、目に見えない所は神が守ってくださる。


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