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教典(抄)を熟読して信心生活しましょう
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~ 今日のみ教え(7/18) ~
天地の神に供えた物は 一粒万倍にして返してやる 神は供えたお金をただで取りはしない。昔から一粒万倍というであろう。大地に米を一粒まいてみよ、一合になるであろう。また、年が明けてその一合をまいてみよ、一俵になろう。天地の神に供えた物は、そのようなもので、一粒万倍にして返してやる。 PR
~ 今日のみ教え(7/17) ~
神は供えたお金をただで取りはしない 「今日は少々寄付をしようと思って参りました。よそでは寄付札を立てたりしますが、こちらでは、そういうことはなさらないのですか」とお伺いすると、「あの人がいくら寄付したので、私もこれくらいしなければということになり、それがたちまち神への信心に不浄を入れることになるから、いくら寄付されても、そういうことはしないのである」と仰せられた。「寄付帳とか受付とかはありませんか」と申しあげると、「はい、それもない。神へ供えられるのなら、ただ、さい銭箱に入れておかれても同じことである。金がなければ信心できないとなれば、貧乏人はみな死ななければならない。私の方では、お供えをする物がないといっても、ご神米を下げるのである」と仰せられた。私は大金を持って来たので歓待されるかと思っていたが、調子はずれの話で間が抜けたことであった。そこで、そのお金を出して、「ご普請へ寄付いたしたい」と申しあげると、「はい」といわれ、ご祈念くださった。ご祈念が終わってお結界に下がられ、何も仰せられないでただお座りになっていた。私は心の内で茶づけでも食べよと言われるのかと思っていたが、何のこともなかった。お礼を申して帰ろうとしたら、いつものとおり、「それは、ご苦労であった」と言われただけであった。 ~ 今日のみ教え(7/16) ~
~ 今日のみ教え(7/15) ~
お札やお守りの代金を取るなどという神とは 神がちがう 山にも種々の物ができ、皮にもいろいろの魚がいる。海にも種々の魚がいる。これを漁師が取って商人が売買し、だれでも好きな物を買い求めて食べ、体を丈夫にして世の中のために働くように神がお守りくだされている。なんでも世の中の実物にあたって考えれば、しだいにありがたいことがわかる。四季に応じて、毎年、人間が楽しみ待っている物ができる。それを買い求めて食べ、体を丈夫にしていただけるのである。四季の変わりは人の力では自由にならない。
~ 今日のみ教え(7/14) ~
ありがたいと言ってお礼に供える物は 神も喜ぶ 「金光様、なにぶん突然にお参りをしましたので、何もお礼を持って来ておりませんが、何をお供えすれば神様がお喜びくださるでしょうか」とお伺いすると、「何もお礼を出すことはいらない。自分が受けたおかげを手本にして世の中の人を救ってあげれば、お礼になる」と仰せになった。そこで、「私のような学問も何もない者には、それはむずかしいことです」とお答えすると、「学問のある者しか神は使わないというわけではない。学問はなくても真の徳をいただけば、さしつかえはない。自分が受けたおかげを手本にしていくのであるから、むずかしいことはない。ご用をさせていただけ」と仰せられた。 |
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